昨日、中学生から聞いた話し。
学校の英語の授業で、Library Lionをやっているとのこと。「グループ毎に、これを訳せって。しかも5時間もLibrary Lionを訳している。」と、不服な表情。
英語を日本語に訳したことが理解したこと。
というのは、私が中学生だった頃から変わっていないのでしょうか・・・
本文を全て日本語に訳す、ノートの左側に英文を書き、右側に日本語訳を書く。私も中学生の頃、そのようにノートを書いていました。その方法しか知らなかったので、ひたすら英語から日本語へ訳していた。それでも大好きだった英語。もう何十年前のこと??
その中学生曰く、「英語の単語を全部訳そうとするから、なんか変な感じ。」と。
うーん、わかるわかる!
英語を日本語に訳すのは、また1つの技術が要ります。みんなが翻訳家になるわけではありませんから、訳す必要はないのです。
「日本はどんな国よりも、外国語が日本語に翻訳される」と聞いたことがあります。
日本語と英語は文化も文法も、とても離れていますから、日本語に訳すことができない言葉も感覚もあります。
映画の字幕を読みながら、違和感を感じることはないですか?
英語は英語のまま味わう、理解するのが醍醐味だと私は思っています。
アメリカで、様々な国の人々と共通言語の英語で話した時、その面白さ、テンポの速さに圧倒されつつ、日本語に訳している場合ではかったことを思い出します。イタリア人、ブラジル人、中国人、フランス人・・・彼らは、どんどん話していました。3単元のSとか、完了形とか関係なしに。どんどん話す!
そんな事を思い出しながら、私も大好きな“Libreary Lion“が物語の面白さや、英語の粋な表現を味わう事なく、ひたすら訳すことに英語の時間が費やされていることが悲しくなりました・・・
Sometimes there was a good reason to break the rules. Even in the library.
この粋なメッセージを中学生はどのような日本語に訳したのでしょう・・・
レッスン便り