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アラスカの州花

こどもの頃、我が家の庭に咲いていた薄紫色の小さな花たち。どちらかというと野の花、かな。小学校の頃、花と蕾を朝切り花にして新聞紙に包んで、教室に飾るように持たせてくれた。「”わすれな草”っていうんだよ。」って祖母に教わった。

わすれな草は、ドイツ名Vergissemeinnichit、英語名Forget-me-not。ドナウ川に咲いていた瑠璃色の花を、恋人に摘んであげようとして足を滑らせた青年が渾身の力を振り絞って「ボクを決して忘れないでくれ」・・・と叫んだ彼の最期の言葉が花の名前になったそう。花言葉は、私を忘れないで。悲話からつけられた花、ちょっぴり切ないですね。

さて、わすれな草がアラスカ州の花っていうこと、私は最近知った。中学生の英語弁論大会で1人の生徒が選んだ題材が”Benny’s Flag”。アラスカの旗が作られたいきさつの物語だった。アラスカの州旗はこんな風につくられた。アラスカが州になる前のこと、明るく誰からも好かれるベニーという少年がいた。ベニーには親がいなかったので、ミッションホームで沢山の子どもたちと一緒に育てられた。ある夜、さびしくなって空の星を見上げた、晴れた空に沢山の星が煌いて、あまりに美しかったので長い間見つめていた。そして思った。「あんなにたくさんの星がある空って、忘れな草のような野原みたいだな。」と。アラスカでは、長い冬のあとに一斉に咲き始め、広大なアラスカの草原一面に見ることができる。学校でアラスカの図案を考える宿題が出た。あるとき、彼に突然考えが浮かんだ!「そうだ、星と忘れな草を旗にデザインしよう。青い地はアラスカの空色と忘れな草を表わし、金色の星は北極星と北斗七星を表わした。」そうしてアラスカの旗は生まれた。

州旗のデザインは1926年に公募され、13歳の少年 Benny Bensonにより描かれたものが、1927年5月2日に正式に採用された。


アラスカは、1867年アメリカがロシアから購入し1957年アメリカの49番目の州になった日本の4倍の大きさ、アメリカ最大の州。厳しい冬を過ごし、広大な大地一面に咲く忘れな草の美しさを、今は亡き写真家・作家星野道夫氏がよく知っているだろう。彼は著書『旅する木』の中で、このように語っている。
      ワスレナグサのいじらしいほど可憐な花が、荒々しい自然を
        内包するアラスカの州花であることが嬉しかった。「アラスカ州の
       花って知ってる?」と幾分自慢気にこれまで何人の人に話してきた
       だろう。一瞬の夏、その限られた持ち時間の中で一生懸命開花しよう
      とする極北の花々は、ワスレナグサに限らずどれだって美しいのだが・・・・。


寒いからこそ忘れな草の花々が一層美しく感じ、寂しいからこそ夜空に瞬く星が一層輝きを増して目に映るのなら、寒さや寂しさをとことん味わってみるもの悪くないかもしれない。

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