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セーラジャーナル

英語さんぽ道

豊かさとは何か

クラシック音楽で始まる朝、カフェでサンデーブランチ、近くの公園でBBQ、湖畔さんぽ、夕食後の映画、週末ホームパーティ・・・カリフォルニアの抜けるような青空、燦々とした太陽の元、青春再来!とばかりに1年間のカリフォルニアステイを満喫した。それなりの若き悩みや迷いは、常にあったものの、それまで体験したことのない時間の過ごし方、人生の愉しみ方を教わってきた気がする。もう20年以上も前のこと。

お世話になった方々、友だちにさよならし、太平洋を越えて一路日本へ。成田空港に着き、電車で東京駅から降り、歩く人々の姿スーツ姿で足早に歩く人々、信号待ちをしてに殺伐とした寂しさみたいなものを感じた。目の前の光景が色褪せて見えた。 

それから、海外から日本に帰る度に少なからず”あの時”の感覚を思い出す。

あれから、日本を取り巻く環境も変わり、人々の暮らしぶりも価値観も多様化してきているだろう。Are you happy? と尋ねたくなるような人々の表情。何だろう。何だろう・・・
その度に思い出すのは、well-beingという英語。日本人にとってのwell-beingとは?

well-beingとは、生活の質の向上、よくある、よく生きるという生き方の概念。アメリカに住んでいるとき、well-beingを求めてオレゴンに引っ越すという人や、仕事を早期退職して趣味に時間を費やす、という人などの話を聞いた。well-beingは、日本語にはできない英語、概念と思っていた。 

折りしも、3月11日に起こった東日本大震災は、日本人の暮らしも価値観に大きな影響を与えた。電気、水、食べ物・・・当たり前と思っていた私たちの暮らしを支えていた資源、食料は有限であることを思い知らされた。経済、物質の豊かさで人々のしあわせは計ることができない・・・

津波によって家族や家や車を浚われた人々・・・ 何もなくなってしまった人々を前に私たちは、どうしたらいいのだろう。何ができるのだろう。

震災から数週間後から、中学生と避難所に通い始めた。そこで出会った千枝子さん。
その時は、あいさつとほんの少しのお話しで、「また来ます。」と言って別れた。

翌週、もその避難所に行くことになった私は”あいだみつお”の詩集を持っていった。今は亡き祖母が、90歳を過ぎて頭も記憶もぼんやり、私が誰かわからなくなってきた頃、なぜか私はその頃施設でお世話になっていた祖母に会いにいくとき、詩集を持って行って声を出して読んで聞かせていた。元気なときは、一緒に声出して読んでいた詩のいくつか。そんなことを思い出して、千枝子さんのところに持っていった。

千枝子さんは、東京から12歳の時疎開してきた方。訛りのない標準語が印象的だったので、そのことを話すと「言葉は12歳までで決まるんですって。その年齢までに覚えた言葉が一生のものになるんですって。」というお話しを聞いて、なるほど~ 私も自分が英語を教えていることを伝えた。それから、千枝子さんは地震、津波がきた時の様子や、ご主人との結婚のこと、地域の人々との関わり、60歳で自動車免許を取ったことなど、会って2回目の私に気軽に話してくれた。 

そして、帰り際お菓子と共に紙袋に入れてくれたのがこの本。『豊かさとは何か』(暉峻淑子著)1989年に出版されたこの本は、モノ・カネがあふれ合理化と効率化が優先される日本で、果たして人々は豊かさを感じて生きているかどうかを懸念している。人生を豊かに生きる指針を示してくれている1冊だ。

この本の中から、印象的なエピソードを1つ。
著者が西ドイツに滞在中、森を通って仕事に出かけたとき、そこで出会った中年の男性に「豊かさ」を教えられ、ハッとしたときの話。

その男性は、森の中の籐椅子に寝転んで、ただじっとしていた。「あなたは、1日中そこで何をしているのですか?」という著者の問にその男性はこう応えたという。

「人間は能動的に、なにかに働きかけ、仕事をしているときも得るものがある。しかし、目的に向かって一生懸命に何かをしているときは、周りにあるものは目に入らない。こうして何もしていないと、小鳥の声、風のそよぎ、落ち葉の音、陽の光、そういうものが黙っていても聴こえ見えてくる。受身で、自分をカラにして受け取ることもまた豊かだ。私はこうして時々自然と対話をし、交流して、イメージをいっぱいにして都市に戻る。自然とともに生きること、支えあうこと、平和のこと、子孫に残す社会のことなどを、身体で感じ、自分のものにするのです。」

なるほど、日本の禅にも通じるような静けさの中の豊かさ。これも豊かさの1つ。


私が20年前感じたwell-beingとは?・・・の答えがここにあった。

『豊かさ』

避難所には、人と人が向き合うこと、寄り添うことのなかで感じる温かさや思いやりがあった。他者を思いやること。助け合うこと。これが豊かさ。これも豊かさ。日本の豊かさ。
私が20年前にカリフォルニアで感じたwell-beingと、西ドイツの森でひとりじっと自然に抱かれている男性と、被災地の避難所で感じた豊かさと、形は違うものの、生きていることへの畏敬の念や心の奥で感じる幸福感は、どれも共通しているのではないか。

2回目にお会いした千枝子さんは「世界人になってね。」と私の眼をじっと見て言った。そして、手渡してくれたこの本『豊かさとは何か』は、本好きの千枝子さんが津波に流された本たちの中で唯一残った本。千枝子さんから託されたこの本と、千枝子さんの想いを大事に繋いでいくこと、これも私の豊かさ。


あなたにとって豊かさとは・・・?





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