英語にまるわるちょっとしたお話しをお伝えしていきます。

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2016.5.15 氷川丸

 船に惹かれる。船旅にロマンとドラマを感じる。見渡す限りの海と空に包まれ過ごす時間、動くホテルのような船内・・・水平線の向こうに沈む太陽、水平線の向こうから昇る太陽を眺めながら、いつかクルーズの旅をしたいと夢見ている。

『氷川丸』の存在は知っていた。山下公園に係留する大きな船、山下公園の風景の一部になっているような氷川丸について、私はこの春までよく知らなかった。それが、この3月に15歳の少年3人との横浜に旅をした際に、『氷川丸』の船内を観たことから私はこの船に急接近した。

その日私たち4人は、午前中から赤煉瓦倉庫近辺をぶらり歩き、遊園地で遊び、買いものをし、たっぷり堪能した。疲れていた彼らを強引に連れて氷川丸の前に辿り着いた。みなとみらいの観覧車が遠くに見える山下公園、日も傾きかけてきた頃私たちは小走りで、船の中へと向かった。数年前の船旅の前のドキドキを思い出す・・・

氷川丸の船内に足を踏み入れると、豪華なインテリアのサロン、ダイニング、客室、広いデッキなど立派な船内に驚かされた。読書室、社交室、一等客室などは、まるでホテルのよう。船の舵をとる操舵室、機関室というのも初めてみて感動した。途中何カ所かの展示室があり、横浜からシアトルまでの航路の様子、氷川丸の航跡が写真と共に展示されていた。そのなかでも、私の心に深く刺さったのは氷川丸が太平洋戦争後、特設病院船として傷を負い、病気や飢餓に苦しむ兵員や引き上げ邦人を運び、多くの命を救ったということ。


『氷川丸』は昭和5年(1930年)に、シアトル航海用に建造された大型貨客船、総合トン数1万1622トン、全長163.6メートルの氷川丸は、戦前に造られた船のなかで生き残った唯一の大型客船である。太平洋横断254回、船客数は2万5千余名。

日本から太平洋を渡りシアトルまで辿り着くには、何時間の船旅だったのだろう。空路がなかった頃のこと、人々は船で海を渡った。海外に行くことが今ほど容易ではない時代のことだ。80年以上前に、この設計、造船されたとは・・・この船に乗船したのは、どういう人々だったのだろう、どんな思いで乗船していったのだろう、情報も少なかった時代に、太平洋を渡りアメリカに行くということは・・・

そんな疑問を抱きながら、その時代の船旅に思いを馳せていた。それから数週間後、何気なく本屋で手にして読んでいた小説に『氷川丸』が出てきたから驚いた。『アップルソング』(小手毬るい著)第二次世界大戦を生き抜き、その後報道写真家として活躍した日本女性の日米を舞台に繰り広げられる壮大、壮絶な物語だ。主人公茉莉江は母に連れられて氷川丸に乗船する。当時小学4年生だった茉莉江は、母の再婚相手が住む米国シアトルに氷川丸で向かった。この船がアメリカに渡る唯一の交通手段だった頃のことだ。

メリケン波止場は、ほとんど足の踏み場もないほど、人と荷物でごった返していた。
出立する人、見送りの人、荷物を運ぶ人、港で働く人、人、人。桟橋まで乗り付けられた車、そのそばで別れの挨拶をしている人達。つばの広い帽子をかぶり、華やかに着飾っている外国人もいれば、着物姿の日本人も入る。女たちの指している日傘の花。船上の人々と桟橋の人々を結ぶ、色とりどりの紙テープ。そこここで涌き起る歓声。笑い声のなかには、泣き声も混じっている。ハンカチをふっている人もいる。

出航を告げる銅鑼の音が響き渡り、船底から伝わってくる地響きのような機関の振動がいっそう激しくなったかと思うと、次の瞬間、大桟橋が横滑りを起こしたかのように、すうっ、と動いた。見送りの人達の声がひときわ甲高くなった。そこここで、ざわめきの渦が巻上っている。ちぎれてもつれ、からみ合っているテープとテープのあいだに、人々のふる旗、ハンカチやスカーフが見え隠れしている。動き始めた船を追いかけて。駆け出す人、釣られて駆け出す人、人、人、人、人。デッキの鉄棒を掴んだまま、茉莉江は、ゆるゆると遠ざかってゆく大桟橋を見つめつづけていた。

アップルソング(小手毬るい著)本文より



この本を読み進めながら、少年たちと見て歩いた氷川丸の船内を思い浮かべては感慨に耽る。目の前に広がる海と空、荒波、悪天候、時化・・・危険と隣り合わせ、自然と対峙しないわけにはいかない。もはや人間の力の及ばない船上で、そこにいくつものドラマが生まれたのであろう。  

1930年〜1960年で引退するまで、時代の流れとともに役割りを変えてきた氷川丸。チャーリーチャップリや宝塚歌劇団を乗せ華やかだった時代から、日米関係の悪化から運行を休止した時期があり、戦後は特設病船として、また食料や石炭を運び、戦後の食糧難を支えた時期もある。そして引退前の7年ほどは、フルブライト留学生を渡航させた。多くの傷と涙を包み込み、氷川丸は2016年4月25日で86歳の誕生日を迎えたという。86年間という世界が大きく揺れ動いてきたこの時代のなかで、氷川丸は日本の歩みと共に何を観てきたのだろう・・・


〈参考文献〉 『アップルソング』 小手毬るい著 ポプラ文庫
日本郵船氷川丸 HP



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